40代から護身術~母国を想う心

40代から護身術~Yamaです。
母国を想う心・・・何というか。
気持ちというものかな。

最初に・・・
私は右左関係ありません。
右だの左だのは私にはまったく必要のない項目なのですが、私は15~18歳、日本という国が大嫌いでした。
共産系教師と近い間柄にあって。良く話をしていた影響から日本に猜疑心を持つ事で良いと思って過ごしていました。

歳を重ねるに当たって少しずつ気持ちは変化してきて、嫌いな気持ちはどこかにあるのですが…。
この「嫌い」と言う気持ちは日本という自分の国に対してではなく、この国をおもちゃにしている政治・行政などなど傀儡が嫌いということ。
人生において気づくのが遅かったな~。
と痛感しています。

実際に私が「暮らす」「生活する」においては。
日本があってこそであり、その礎の下、生活や安全が成り立っています。
当たり前のように目の前や感じている事は初めから有った訳ではなく…
大きな戦争を超え。
その後の団塊世代の父や母が死に物狂いで成り立たせたということを忘れてはならない。

それだけでなく。
日本から安定的にそれらを受け取るためには、それ相応の努力を自分自身もしなければならない。

それが、自分が日本の社会に参加している人員の一人として
理解して努力しなければならないと感じるようになりました。

有事の際はどうなのか?
「危ないことは警察や消防や自衛隊に任せておけば良い?」
「自分は安全なところに隠れていればそれで良い?」

~そもそも安全な場所ってどこですか?
日本が安全だから家に閉じこもっていれば安全だと思えるに過ぎないのでは?

~誰が守ってくれるというのか?
「自衛隊や警察が守ってくれる?」「税金を納めているのだから守って当然?」
身の回りの安全なんて人様に守ってもらうにも限界があると思いませんか?
「アメリカに守られている?」
アメリカは自国の利益として日本を守るのであって、無条件で守ってくれるとは限りません。ないでしょうね。
国連で非難声明を出すのかな?
その間に大切な命を失ったりするやも知れない…

日本の社会は、平穏なときは安定的に安全を保障できる・・・これは日本に限ったことではないです。
RPGで言うところの野原は敵が比較的現れない場所。まあ、そんな程度の不安定な安全なんです。

最近、「有事の際」って私は口にすることが多い。
そして、周囲には「有事なんて」(何?この人!?)って言われるもしくは思われることが多い。

でも多分それは突然くるのでしょう。
日本は島国で国境が海で隔絶されている。従って国境での小競り合いみたいな小規模な戦闘が起きることがほとんどないので実感することも少ないでしょう。
現在の状況はどうですか?
釣魚島や竹島で、すでに対外勢力に戦略的に侵略されています。日本の外交手腕の問われるところですが、日本は経済は一流であっても政治は幼稚園児レベル。
「遺憾遺憾」がどこまで通用するのやら…
おまけに売国連中が第二次世界大戦後、長~~~い時間をかけて社会に浸透し影響力を発揮している状況です。

「自由で有る事を選択するのか?」
「奴隷としての壁の中での自由で満足するのか?」
こんな質問をされる事態にならない事を切に願うのですが…
どっちを選びますか?
私は自由で有って自分の道は自分で切り開く事を選択します。
対外的な侵略など絶対に許しません。

そのときに自分の身は、最低限守れるようにしておいた方が良いと思うから「有事」と言ったり話したりしています。
まあ・・・見た目の生活では日本は平和ですので「そんなバカな!?」ということでしょうね。
不安を煽ったりする気持ちがあるわけではないです。

残念ながら、世界は平和ではありませんし、今の日本だって現状は戦火に晒されています。
目に見えるところだけが戦火ではありません。
むしろ、目に見えないところで侵略されていることを認識すべきと。
情報やマスコミ、国政に至るまで様々な所に見え隠れしている事を認識して自分を守る手段を一つでも多く作っておいた方が良いと思います。

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